地蔵一家の波ある日常 ~母めげない、時々めげる~

子育てってこんな大変だったんだ。共働き、ワンオペ、専業主婦。だけど母は諦めまへんで。わしゃ笑って生きるんじゃい!

子どもが生まれて、見つめ直す生き方

今から約10年前、赤ん坊が生まれて、私は突然母になった。

いや本当は、十月十日。お腹の中にいた訳なんだけど。

恥ずかしながら娘が生まれた瞬間に思ったこと、

「わ、ほんまに人間出てきた。私も動物やったんや。」

ふにゃふにゃした小さな小さなわが子を見たその時、天から何かが舞い降りて。

そして、私は母になった。

出産適齢期、溢れるエネルギー

そりゃそうだわな。人間だって動物だから、適齢期になれば子育てする膨大なエネルギーが備わってくるはず。だけど現代は女性も社会進出ができる時代、エンターテイメントも限りなく豊富。子ども以外にも、溢れる子育てエネルギーを注ぎ込む対象がある。

最近よく思うのは、私はアホだったから結婚できたし、子どもも授かれたんだろうという事。

きちんと色んな事が想定できて計算できたら、こんな日常に飛び込むなんて相当の勇気が要るし、選び抜かれた相棒じゃないと怖すぎる。色々な事が分かっていなかったからこそ、飛び込めた環境だと思う。

生きる

子どもの成長はPriceless。しかし、何かにつけてお金は入用。

働いて、働いて、子どもの相手して、食って寝て。生きることに必死で、余計なことを考える暇を持たない事が幸せだと言えばそうかも知れない。共働き、家族愛。北欧では主流。シンプルライフ、シンプルインテリア、IKEA。憧れの北欧。そんなおバカなイメージに吊られ本当の生活を見失っていたかもしれない。自分たちの生活は自分たちのピースがつなぎ合わさった結果であるはずなのに。

仕事を諦め、今はminimalな暮らしに満足している。

でも本当に、本当にそうだろうか。

自分自身にそう言い聞かせはしていないだろうか。

家族

子どもを授かれたこと、感謝している。この子達がいなかったら、感じることのできなかった幸せに包まれ暮らしていると思う。でも、夫婦ですすめるBIG PROJECT 。波風立たないなんてあり得ない。

心が折れそうなとき、思い出す言葉。

徹子の部屋

「この年になってね、結婚はべつにしなくても良かったんだけど、子どもは産んでおけば良かったかなって思うわね。」(推定年齢80少し、言葉は少しイメージ混在)

姪っ子や甥っ子達の子どもに会うと、可愛いなと思うようだった。

徹子と希林は神だからね。

彼女が言うならきっとそうだ。バカをみているわけじゃない。

夫に懸命に説明しても、伝わらない事がある。たまには一人で乗り越えるべく壁もある。お膳立てして、夫の機嫌をうかがって…

きっとこの日々を振り返り、微笑ましく思える日が来るはずだ。

 

そう母は強くなるのだ。

マイペースなゲーマー夫に、不登校の長女、興奮するとゴリラになる次女。うちを自分の家のように出入りする、近所の子どもたち。

どこで見つけてきたか分からない普通や、幸せのイメージに振り回されることなく母は生きていくぞー!

日々のしょうもない事、私たちの波ある日常。母めげない、時々めげるの始まり、はじまり~。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。

根暗ですが、できるだけ明るく書き続けていきたいと思いますm(_ _)m